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最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)785号 判決 1969年10月03日

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件公訴事実中起訴状別表番号1ないし12の部分につき被告人を免訴する。

本件のその余の部分を岡山地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人裾分正重の上告趣意一は、憲法三一条違反をいうが、実質は、入場税法二八条の解釈を争う単なる法令違反の主張であり、同二は、量刑不当の主張であって、いずれも適法な上告理由にあたらない。

しかし、職権をもって調査すると、第一審判決およびこれを是認した原判決には、以下説明する理由により、判決に影響を及ぼすべき法令違反があって、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。

本件公訴事実の要旨は、

「被告人は鳥井興行部名義で倉敷市阿知町四六四番地において入場税法一条掲記の興行場である常設映画館倉敷日活劇場を経営する者であるが、被告人から雇用され同劇場の支配人として同劇場の業務一切を統轄処理していた三宅邦男は、被告人の業務に関し、同劇場に入場した観客より徴収した入場料の一部を秘匿しこれに対する入場税を逋脱しようと企て、別表記載のとおり、昭和三二年一月より同三三年一一月までの間二三回にわたり、一部の入場者に対しては所定の入場券を交付せず、あるいは、一度交付した入場券の半片を切り取らず再使用するなどしたうえ、これに該当する部分を所定の正規帳簿に減額して記載し、これを所定の申告に際し控除して所轄倉敷税務署長宛申告し、もって不正な方法により、昭和三二年一月分より同三三年一一月分までの入場税合計金八三万六九九〇円を逋脱した。」

というものであり、右別表の内容は、本判決末尾添付の別表に記載したとおりである。

してみると、右各罪についての公訴時効は、昭和三七年法律第五〇号による改正前の入場税法二五条三項により、各犯行の終わったときから進行を開始したのであるが、記録によると、本件は、国税犯則取締法一三条一項但書(証憑隠滅のおそれ)によって告発されたものであるため、同法一四条の通告処分がなく、したがって、右各罪の公訴時効は、同法一五条による中断がないまま、昭和三六年一月一三日の公訴提起まで、その進行を続けたことが明らかである。

ところで、右入場税法二八条のいわゆる両罰規定における事業主としての法人または人に対する公訴時効は、その法人または人に対する法定刑である罰金刑につき刑訴法二五〇条五号により定められた三年の期間を経過することによって完成するものと解すべきことは、当裁判所大法廷判決(昭和二九年(あ)第一三〇三号同三五年一二月二一日宣告、刑集一四巻一四号二一六二頁)の趣旨に照らして明らかであるから、前記別表の番号1から12までの各罪については、各犯行後三年の期間の経過により、公訴提起前に公訴時効が完成していたものといわなければならない。

してみれば、右1から12までの各罪については、被告人に対し免訴の言渡をすべきであったにかかわらず、看過してこれを有罪とし、刑の言渡をした第一審判決およびこれを是認した原判決は、ともに違法であって、これを破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。

次に、その余の罪(前記別表の番号13から23までの各罪)について検討してみると、原審が是認した第一審判決は、前記公訴事実のとおり、被告人は映画館倉敷日活劇場を経営していたものであるが、使用人三宅邦男が被告人の業務に関し当時鳥井興業部の実質上の権力者であった小野金子(被告人の姉)および右興業部の総支配人格の岩知道増太らの指示により同人と共謀し、入場税を逋脱したとの事実を認定したうえ、入場税法二八条、二五条を適用して、被告人を罰金刑に処している。

そして、原審弁護人が、「被告人は原判示鳥井興業部の経営名義人ではあるが、これは単に名目のみに過ぎず、当時事業を統轄支配したこともなければ従業員を指揮監督したこともない」旨を主張したのに対し、原判決は、「本件記録を精査するに、被告人が原判示事業の名義人たることは明白であり、かつ、当時被告人が病弱であったこともあって、その事業経営の実権はもっぱら実質的かつ具体的には被告人の実姉である小野金子の掌握するところにして、収益はほとんど同女に帰属し、さらに同女の指示に基き、被告人の具体的直接的には関知しないところで、被告人の雇傭する従業者たる岩知道増太、三宅邦男らによって、本件入場税の逋脱がなされた事実は所論のとおり認定できる」として、弁護人の前記主張を肯定しながら、なお第一審判決が前記認定事実に入場税法二八条を適用したのは違法でないと判示している。

ところで、入場税法二八条は、使用人等の違反行為に関し行為者のほかに業務主たる法人または個人を処罰することを定めたいわゆる両罰規定であるが、右業務主にあたる者がだれであるかは同法三条の定めることろであり、同条によれば、興行場等の経営者または主催者は、入場料金について入場税を納める義務があるとされている。ここに、経営者または主催者とあるのは、いずれも実質的にその責任において経営または主催する者をいい、単なる名義人にすぎない者は、これにあたらないものと解するのが相当である。

記録を調べてみると、被告人は単なる名義人にすぎず実質的経営者は小野金子であったかのような証拠もあれば、被告人も実質的に経営に関与していたかのような証拠もあり、いずれにしても、本件のように経営名義人のほかに経営の実権者が存在した場合には、はたしてだれが実質的にその責任において経営する者であったかを確定しなければ、本件に対する正当な法令の適用ができないものといわなければならない。しかるに、第一審判決は、この点を確定しないまま被告人に入場税法二八条を適用し、原判決もまた、被告人が単なる経営名義人であったとしても同条の適用があると解しているかのような判示をして第一審判決を維持したのは、いずれも法令の解釈を誤った結果審理を尽くさなかったもので、原判決および第一審判決を破棄しなければいちじるしく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号により原判決および第一審判決を破棄し、本件公訴事実中起訴状別表番号1ないし12の部分については、同法四一三条、四一四条、四〇四条、三三七条四号により被告人を免訴し、本件のその余の部分については、さらに審理を尽くさせるため同法四一三条本文により本件を岡山地方裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)

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